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陣痛の痛みと出産エピソード〜第二子編〜

第一子も何だか残念エピソードでしたが第二子も漏れ無く残念エピソード。

 

第一子の7年経っても促進剤は怖いを経験する事になるとは…。

 

それでは行って見ましょう!!

 

2016年春。

妊娠が判る。

地元の病院に行くが長年の通院虚しく、薬物治療が全く効果を見せず精神疾患がるので…と片道一時間かかる県内で一番大きい大学病院に紹介され移る。

 大学病院って良いイメージが全く親友をそこで亡くしていた為無かったのだが、そこでしか疾患持ちの妊婦さんは見れないそうで渋々…。

 

軽くヒアリングをして担当の先生と本格的に話す事になった。

 

第一声が

「病気良くなってないの?」

だった。

素直にそうだとへんじをしたら

「精神疾患のある方の出産は予後が悪いから今回は諦めて次治ってから作ったら?」

だった。

産婦人科は第一子の時の記憶しかないが、おめでとう言われてその後の日程を決めるイメージしかなかったのでショックで言葉と思考が出なかった。

「今日丁度堕すならすぐ堕ろせるから、ご主人さんと話し合って二時間後にまた答えを聞かせてください。」

と、言われて待合に出された。

お腹の赤ちゃんには何の落ち度もないので、自分の不甲斐なさや堕したくない、という悔しい涙が止まらなかった。

横で一緒に付き添ってくれていた旦那さんは少しして何だかうざそーに私にこう言った。

これは一生忘れられないだろう。

 

「何にも言われんと思ってたん?そんなんやからダメなんやろ。」

 

正直、この状況でそんなことを言う旦那さんの気持ちが全く解らなかった。

すごーくうざそうだったので、元気付ける雰囲気とか全く無かったし。

 

その後何とか自分の気持ちを旦那さんと話し合い、出産希望を先生に意見するもえらく渋られた。

そんな幸先の最高に悪いスタートで、途中、お腹の中で大きくならない月もあった。

第一子にウィークリーネイルをして上げてる途中で、消毒用に置いてあったエタノールを何故か飲んでしまい、そのまま病院に行って墨を飲むとか言う珍エピソードもあった。

他にも家族とのトラブルなども乗り越えて月日が過ぎ…

 

2016年9月14日

何だか薄いピンクの濁った液体が出始める。

量的には一時間に一度チョロ…って程度。

ただ、夜にジャーっと出たので第一子には無かった破水とお印ってやつかと確信。

 

とりあえず病院で習った通り症状を伝えて指示を仰ぎ、破水っぽので病院に来てくれと言われたので夜中イソイソと病院へ。

 

検査の結果、破水ではないと言われて、お赤の赤ちゃんも元気なのでー、と家に返される。

個人的に破水の確信があったので、一応物凄く大きな用意してあったナプキンを付けて眠る。

 

 

2016年9月15日

翌朝、40センチのナプキンが滴る程生臭いピンクの液体を吸収しているのを朝一のトイレで発見。

 

前日はチョロチョロ、で長時間でもこうなる事は無かったので、ヤバイと思いつつ、幸い妊婦健診だったのでそのまま病院へ…。

 

その日はとても診察が混んでいたのだが昨日夜に診察を受けた事、ピンクの液体がすごい事等を伝えると突然、看護師さんたちの顔が雲り、順番を飛ばして心音やエコーをしますと指示され終わったらすぐに内診。

内心で台に寝てる間もポタポタ何か落ちるので、昨夜破水では無いと診断された事から失禁すら解らなくなってしまってたらどうしよう…とか不安を抱えていたが先生がパッと見ただけで「うん、破水!」と言われたのでホッとしたと同時に前夜の先生を恨む。

しかもエコーをしたら羊水が殆ど無くなっているので歩く事もやめてくれとのこと。

そのまま車椅子に乗せられ陣痛室へ入院。

 

破水が起こると通常は24時間以内に陣痛が起こるそうなのでモニターを付けてずっとベッドに。

奇しくも9月15日はウチの実父のお誕生日だったので同じ日生まれも面白いな、とか思っていた。

多分、ウチの父が一番ワクテカしてたのは間違いないけれど。

 

そんな思惑を他所に陣痛は全く起きず、寧ろ少しだけあった陣痛すら消え去った。

 

 

 

2016年9月16日

 

 

朝の5時ごろ看護師さんの声で起床。

何とお腹の中の赤ちゃんの酸素が少なくなってきているんで促進剤で出すとの事。

促進剤は第一子の時に苦い思いをしたので正直、使いたく無かったがその様な事情では致し方なく点滴開始。

 

9時ごろにはナカナカ良い感じの陣痛。

結構痛いと思ったのだが、内診してもらうとまだ3センチだそう。

朝から5%から濃度が上がり、その時点で40%。

50%に上がり凄く痛くなる。

結構第一子の経験から息も出来ていたが、呼吸法もままならなくなるほど痛い。

 

11時に先生がいらっしゃって様子を聞きさらに濃度をあげるとか言い出す。

素人な考えだが、このままキチンとお産できるという予感の元濃度を上げる事をやめてくれと懇願するも尽く却下。

60%まで上がる。

第一子の時感じた産まれる直前の痛さなので看護師さんに訴えるも、あーハイハイもっと大きく長く息を〜♪って聞いてくれない。

股の間で何かが下がる感覚があって、もう出てきちゃってる感覚。

第一子では感じなかった焼けた感じの熱い痛みを感じたので、第一子の時は裂けなかったが裂けたんだなぁ…と頭によぎった。

 

本当にそんな感覚だったので産まれますって何度も伝え、大袈裟なーって感じでじゃあ一応内診して見ましょうか♪って診てもらったら看護師さんの顔が豹変。

近くに居たもう一人の看護師さんに「頭出てる!!ストレッチャー!!」って叫んで私に

 

「ここで産んだらいかんよ!頑張って!!」

 

だから言ったやん!!!!

と思いつつ、助けて下さい…としか言えなかった。

 

二日間も立会いの為にお仕事を休んで今回は付き添ってくれてた旦那さんも内診の為陣痛室から出されて呼び戻しを待って居たのに、突然ストレッチャーとスタッフが陣痛室に走りこんで行って、何事かと聞くと産まれます!って言われたので私が乗ったストレッチャーと一緒に行こうとしたが、医療スタッフ専用通路なので迂回してくれ、と言われて迂回して来る事数分。

 

私はその間、ずっといきんだらダメだとひたすら叫ばれ、何だかもう訳が分からなくなってる意識の中で分娩台に3、2、1、で乗せられて即お産。

 

旦那さんが周って来た数分の間に出産。

 

旦那さんポカン。

 

旦那さんや私にとってもこの二日間は何だったのか…と思わされた。

 

赤ちゃんが出て内診をしてくれた先生は赤ちゃんを取り上げた先生と雑談しながら私のお腹を胎盤とから出る様にマッサージ。

「3センチって言ってなかった?」

「11時には3センチだったのよー」

何となく意識がしっかりして来た頃にそんな会話が耳に入ってムカつくが体力の限界により怒れず。

 

体感したのは、濃度を最後に上げられた後から、呼吸法も陣痛の痛みについて行くことも出来ず、恐怖心でいっぱいだった。

第一子の時のお産とは明らかに違って、お産というより意思を伴わない凄く痛い排泄って表現に近い感覚。

促進剤で子宮破裂とか聞くけど、ありえる話だって凄い怖さとともに体感出来た。

 

今後の医学の進歩と共に、こんな悲しい辛い思いをする妊婦さんが増えない事を願う。

 

そして産まれてくれた第二子は男の子。

第一子の産まれていきなりお乳の上に置かれても逞しくしっかり咥えて吸ってた姉とは正反対に、そのまま眠った感じで全く反応なし。

結構しぶとくお乳にトライをスタッフさんがしてくれたがその甲斐もなく眠りの境地。

そして衝撃的だったのが、男の子の部分が生まれつきスッカリこんにちはしてた事。

凄く心配するも異常無しと診断される。

泌尿器科の先生も入っててくださったので安心。

その後1ヶ月検診をパスして地元の大きめの国立病院に移り2ヶ月目の診断をそこでしてもらう。

 

そして担当の先生からまた衝撃の言葉。

 

「紹介状にね、違うって書かれてあるけどコレどう診ても尿道下裂だから。」

 

今度の子は目も合うし、おシモも問題ないって言うし、障害は無い子供なのかも♪とか思ってたので、そのショックは測りきれず。

視線の定まらない足で帰宅した2ヶ月目。

 

どうも第一子・第二子共に出産も育児も多難な様である。

 

尿道下裂についてのお話はまた今度…。

 

そんなこんなな第二子出産エピソードでした。

今回もお付き合い有難うございました!

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